仏陀の足跡を辿る仏教八大聖地を巡礼する旅

  • 乾季は枯れるニランジャナ川

仏教八大聖地とは

仏陀の生誕の地から入滅の地まで、人生を通して訪れられた重大な地域です。その内は一つは、死後の3か月後に母親のマーヤに再会された伝説に因んだ場所になります。

これらの聖地は真夏は50℃に達する事も珍しくない過酷な地であり、ネパール南部、インドのビハール州、そしてその隣のウッタル・プラデーシュ州にまたいで点在します。実際どの様にして仏教が生まれたか、そして仏陀の本当のメッセージは何であったかというのを辿るルートです。そして、ヒンドゥー教の聖地バラナシで仏教の原点となるエネルギーを実感できるかもしれません。

旅の計画

仏教八大聖地の地図

※参考までに、ブッダガヤ(A)からエトワー駅(H)まで約1,400㎞です。

八大聖地をすべて周遊しますと、デリーからデリーまで最低9泊10日は必要になります。最も重要な四大聖地であれば、半分で日程で収まる事ができますので、ご希望に合わせてプランやルートを作成させて頂きます。

最短ルートは、バラナシ郊外のサールナート(初めての説法の地;A)からスタートし、ブッダガヤ(悟りの地;B)ラージギル(布教の地;C)ヴァイシャーリー(最後の旅の地;E)クシナガル(入滅の地;F)ルンビニ(誕生の地;G)スラヴァスティ(教団本部の地;H)、そしてサンカーシャ(昇天の地;I)を順番に8つの遺跡を全て周る事です。この中で、四大聖地だけを訪問される際にはサールナート(A)、ブッダガヤ(B)、クシナガル(F)、そしてルンビニ(G)です。それぞれの聖地の説明は以下でご案内致します。

ルンビニ(G)はネパール領です。そのため、国境での出入国手続きが発生します。

巡礼のベストシーズンは晴天日が多く、日中暑すぎずに快適な2月~3月です。この時期はホテルはアジア各地からの巡礼者の団体でかなり予約が取りにくくなり、半年前からご予約の確定が必要になる場合があります。

4月~6月は酷暑の時期で日中は40℃を超え、特に5月には50℃近くなる日もあり、インドで最も暑い場所の一つです。この時期の聖地訪問はお薦めしません。

7月~9月はモンスーン(雨季)となり、気温は前期より下がりますがかなり蒸し暑くなります。雨による道路が冠水し、スムーズに日程通り進まない場合がありますが、閑散期で巡礼者もあまり居ません。

モンスーンが明け、10月からは気温が徐々に涼しくなり、晴れ間が広がります。12月前半あたりまでとても過ごしやすく、お薦めです。ただし、12月後半~1月中旬まではこの辺り一帯に濃霧が発生しやすく、その際は車はスピードを出す事ができません。飛行機の欠航が目立ちますので、日程通りに進まない可能性が高いです。

主な見どころ

四大聖地サールナートの遺跡

サールナート(四大聖地)
地図:A

バラナシ市街から約10㎞程は離れた郊外にある仏教四大聖地の一つで、初めて仏陀が5人の修行仲間に説法をされた場所です。仏教用語ではイシパタナと呼ばれます。ヒンドゥー色のバラナシから一変して、仏教色が強く、考古学博物館やダメーク・ストゥーパ他に世界各国の寺院が集まり、国際色が豊かです。

夕焼けに輝くダメーク・ストゥーパ

ダメーク・ストゥーパ
地図:A

6世紀に完成したストゥーパ(仏塔)は仏陀が初めて説法をされた場所です。世界中から仏教徒が集まり、ストゥーパの前で祈りを捧げられています。高さは34mあり、一番古いレンガの部分は紀元前3世紀のものだと言われています。周辺の敷地内には様々な当時の寺院跡などが残されています。

ムールガンダ・クティ寺院内の壁に描かれている仏陀の誕生の絵

ムールガンダ・クティ寺院
地図:A

スリランカによって1931年に建てられました。寺院内には、1932年に旧大日本帝国への要請によって日本人画家の野生司香雪による壁画が実現され、4年の歳月をかけて完成しました。現在でも綺麗に保存されています。寺院横にはスリランカのアヌラダプラから運ばれた菩提樹が隣接しています。


サールナート考古学博物館の入口付近

考古学博物館
地図:A

ここでの主な見所は二つ。一つは、インドに多く生存するアショカ王の石柱で、その中で最も立派だと言われている、紀元前3世紀に造られた柱頭部にはライオン(四匹獅子)像が彫られたものです。インドの国章となっており、実物が展示されています。もう一つは、美しい初転法輪像が展示されています。

各国寺院の中の一つ、チベット寺院内部でお経をあげる僧侶達

各国の寺院
地図:A

1993年に建てられたインドで最初の日蓮宗寺院である日月山法輪寺はインドとは思えない静寂な雰囲気を保ち、日本にあるお寺とほぼ変わりありません。その他、周辺にはチベット寺、タイ寺、ビルマ寺など、様々な国際色豊かな寺院が集まります。

早朝のバラナシのガンジス川から眺めるボートマンとバラナシの旧市街

バラナシ
地図:A

カオスでエネルギッシュなガンジス川沿いに位置する聖地。ここは、インド中のヒンドゥー教徒が川を求めてこの地に巡礼に参ります。川沿いには沢山のガート(階段状の堤)があり、最大がダシャシュワメード・ガートです。こちらでボートの乗り場やアールティの行われる場所となっています。沐浴や火葬場はこのガート沿いにあります。


ガンジス川のボートから眺めるバラナシ旧市街と火葬場のマニカルニカ・ガート

バラナシ旧市街
地図:A

車はほとんど通れず、細い路地が入り組みあった生活感たっぷりの地区です。マハラジャが、敵から攻撃を守るためにわざと迷路のように造られました。火葬場、市場、寺院、ゲストハウスがあり、その中でも1776年に建てられたヴィシュワナート寺院の屋根は800㎏の金が使用されています。旧市街を散策しなければバラナシは語れません。

アールティの儀式中に火を神に捧げる僧侶と観衆

アールティ
地図:A

「火の儀式」を意味し、日没後に川沿いで行われます。特に最大規模はダシャシュワメード・ガートで開催されるものです。神話によると創造神であるブラフマーがシヴァ神(不動明王)を歓迎するためにこのガートを造ったと言われています。アールティは闇をお祓いするという意味があり、儀式の最中は僧侶が神々に火を捧げます。多くの観客で賑わう時です。

ガンジス川から眺める日の出の太陽とオレンジ色に染まるガンジス川

早朝のボートライド
地図:A

バラナシの一番のお薦めは早朝にガンジス川をボートで遊覧。電気の明かりが照らすガート沿いと共に、沐浴する人々、煙立つ火葬場、修行者のサドゥー、川に向かって瞑想する旅行者等、如何にガンジス川が魅力である事を実感させられます。 川の反対側からはハイライトである朝日が昇ります。


四大聖地のブッダガヤにある世界遺産マハーボディ寺院の外観

ブッダガヤ(四大聖地)
地図:B

仏陀が悟りを開かれた地であり、その場所は現在大菩提寺(世界遺産マハーボディ寺院)の敷地内にあります。郊外には悟りを開くまえに修行された前正覚山、乳粥供養を受けたスジャータ村尼蓮禅河で知られるニランジャラ川、世界各国の寺院など、見所はとても豊富です。国際色豊かなこの町でゆっくりされるのがお薦めです。

世界遺産マハーボディ寺院の仏陀が悟りを開いたとされる菩提樹の前で祈りを捧げる巡礼者

<世界遺産>マハーボディ寺院
地図:B

仏陀が乳粥を供養をされた後に向かわれたのが現在は寺院の一部となっている菩提樹です。ここで49日間の瞑想に励まれ、12月8日についに悟りを開かれました。35歳の時でした。5世紀のグプタ王朝時代に、この地に寺院が建設され大菩提寺と名づけられました。世界中の仏教徒が集まり、仏教最大の聖地となっております。

前正覚山へ続く歩道の入口

前正覚山(ぜんしょうがくさん)
地図:B

仏陀が6年間、5人の仲間と修行に励んだ山です。苦行のあげく、苦しみから脱する事ができないと気づいた仏陀は、この山を下山する事と決意しました。そして、王子時代に味わった快楽も、ここで体験した苦行も、共に悟りを開くことが出来ないと知った仏陀は中道の大切さの意味を知りました。


留影窟の前で祈りを捧げる巡礼者達

留影窟(りゅうえいくつ)
地図:A

前正覚山に掘られた小さな岩の洞窟内部には痩せた仏陀の苦行像があります。伝説によると一旦下山されてスジャータ村で乳粥を受けた後、この山に戻り悟りを開こうとし、山の神が恐れを菩提樹の下に行く様申されました。しかし、ここに住んでいた龍がここで悟りを開いてほしかったために、仏陀はその願いを叶えるためにこの洞窟に自分の影を残したと言われています。

スジャータ村にあるピンク色の壁の寺院と管理人

スジャータ村
地図:A

6年間の苦行で痩せ細った仏陀は下山され尼蓮禅河 (ニランジャラ川) で沐浴をされました。その姿見ていた村の娘、スジャータが、仏陀の神々しい光景に圧倒され、乳粥を供養されしました。この後、体力を取り戻され、菩提樹に向かわれました。スジャータ村は、別名セーナ村とも呼ばれています。付近を流れる尼蓮禅河は乾季は水一滴も流れない砂地になり、雨季だけ水が流れます。

世界各国の寺院の中でも立派な日本寺の本堂

世界各国の寺院
地図:A

ブッダガヤは世界中の仏教徒が集まるため、国際色とても豊かです。各国はここに寺院を建て、日本寺、ブータン寺、タイ寺、中国寺、ベトナム寺、スリランカ寺など、その国の建築スタイルで造られています。特に日本寺はまるで日本に来た様な錯覚を起こさせます。日本寺では、毎日2回約1時間づつ(午前と午後)、日本人の僧侶による座禅のセッションが行われます。


八大聖地の一つ、ラージギルの霊鷲山へ続く歩道から眺める森林地帯

ラージギル(八大聖地)
地図:B

仏陀が瞑想に励み、法華経を説いた霊鷲山はここラージギルに位置します。当時マガダ国の首都であり、ビンビサラ王は仏教に改宗し、この地で教団に対して仏教で最初の寺院と言われる竹林精舎を建てました。ラージギルはジャイナ教の聖地でもあり、数々のジャイナ教寺院も健在します。また、多宝山の頂上には日本山妙法寺が位置します。

霊鷲山の仏陀が法華経を説かれた場所の全景

霊鷲山(りょうじゅせん)
地図:B

仏陀が法華経を説かれた場所がここ霊鷲山です。鷲の羽を広げた姿に見える事からその様な名前が付けられました。仏陀はこの場所を好んで説法を唱えられ、仏陀に帰依されていたこの地の王ビンビサーラは説法を聞くために麓から山頂まで階段を造りました。現在では日本の援助により歩道が整備され、往復1時間半ほどで訪れる事が可能です。

仏陀が沐浴されたカランダカ池がある竹林精舎

竹林精舎(ちくりんしょうじゃ)
地図:B

世界で初めて仏教寺院が建てられた場所だと言われています。仏陀に最初に帰依された王様であるビンビサーラがここの土地を仏陀へ提供しました。ここはスラヴァスティと並ぶ仏陀にとって雨季の定住場所であり、この地でしばらく住まわれました。現在では少しばかりの竹のジャングルがあり、仏陀が沐浴されたカランダカ池があります。


レンガ造りのナーランダ大学跡

ナーランダ大学跡
地図:C

世界最古の大学の一つとも呼ばれ、427年に建てられました。仏陀も大学ができる前にこの地を訪れられ、説法されたと言われています。当時は10,000人以上の生徒が暮らし、勉強されていました。7世紀には三蔵法師も訪れ、この大学から様々な経典を中国に持ち帰ったそうです。12世紀にはアイバク勢力の破壊により、大学の機能は停止しました。

八大聖地のヴァイシャーリーにある発掘されたストゥーパの一つ

ヴァイシャーリー(八大聖地)
地図:D

仏陀が最後の説法をされた場所です。入滅後、この地で教団が招集され、その後は仏教とジャイナ教両方の聖地となっています。入滅後、8つに分けられた仏舎利の一つがレリック・ストゥーパに納められ、仏陀が猿から蜂蜜をもらった場所とされています。付近には、立派なアショカ王の石柱が建てられています。

屋根が付いたレリック・ストゥーパの全景

レリック・ストゥーパ
地図:D

仏陀の遺骨を納められた仏舎利が、このストゥーパで発見されました。モーリヤ王朝時代の紀元前5世紀に直径8mの大きさに作られ、その後スンガ時代に12mに拡張されました。現在では整備された公園となっており、巡礼者が集まっています。


ヴァイシャーリーにあるアショカ王の石柱とその他の遺跡群

アショカ王の石柱
地図:D

インドでは各地にアショカ王の石柱がありますが、ここのは天辺にインドの国章ともなっているライオン像が飾られており、かなり完璧な状態で保存されています。紀元前3世紀に造られたとされ、周辺はこれからも発掘されそうな遺跡の面影があります。

ケサリヤ・ストゥーパの外観

ケサリヤ・ストゥーパ
地図:DとEの間

1998年にインド考古学調査団によって発見された、世界い最大の仏塔です。6層に分かれて高さは32m、直径は430mあります。仏陀がクシナガルで入滅される前最後に立ち寄った場所だとされています。紀元200~750年の間に造られたとされています。

四大聖地のクシナガルにある金色の涅槃像と巡礼者

クシナガル(四大聖地)
地図:E

悟りを開いてから約45年、仏陀が亡くなられた地です。入滅された大涅槃寺、火葬されたと言われているラマバール・ストゥーパや約1000年以上前に造られた黄金の仏像があるマタクアール寺院が見どころです。涅槃像には常に巡礼者の祈りが絶えません。


ラマバール・ストゥーパの前で祈りを捧げる巡礼者

ラマバール・ストゥーパ
地図:E

仏陀が火葬された場所です。15mのストゥーパが建てられ、アジアから中心に巡礼に来た僧侶や旅行者が瞑想やお経を唱えている光景があります。近くには、10世紀に造られた3mの仏像が置かれているマタクアール寺院があり、金箔で覆われていますが、元々青石で作られています。

早朝の白い大涅槃寺の外観

大涅槃寺(だいねはんでら)
地図:E

涅槃像が置かれている寺院です。仏陀はこの場所で入滅されました。この涅槃像は5世紀に作られ、1876年に発掘されました。6mの長さがあります。寺院の前には沙羅の木が植えられており、後ろには19メートルの高さとなるストゥーパが建てられています。

四大聖地の世界遺産ルンビニにある仏陀が生まれたとされる無憂樹

<世界遺産>ルンビニ(四大聖地)
地図:F

仏陀がマーヤ夫人の脇から無憂樹の下で生誕された場所です。現在マーヤ・デヴィ寺院となっており、隣にはアショカ王が巡礼した際に立てられた石柱が残されています。仏陀は生誕わずか1週間で母を失い、その後は母の妹によって育てられました。


青空の下に建つマーヤ・デヴィ寺院の白い建物外観

マーヤ・デヴィ寺院
地図:F

マーヤ夫人は出産のために実家に帰る途中で、ルンビニ園で沐浴し、無憂樹の花に触れた時に仏陀がお生まれになりました。仏陀は生誕後7歩歩き、「天上天下、唯我独尊」を宣言したと言われています。隣には産湯をつかったと言われる池とアショカ王が巡礼したときに建てられた石柱が建てられています。

建物の跡がしっかり残るカピラヴァストゥの遺跡

カピラヴァストゥ
地図:GとHの間

紀元前6世紀、仏陀の父親が王だった釈迦王国の首都です。仏陀入滅後、釈迦族が仏舎利の一つを持ち、ここにストゥーパを建てました。僧院や当時の公会堂なども残されています。僧院の一つには、当時の伝説が描かれた壁も発見されています。主に信仰の中心でしたが、近くのガンワリアには当時の住居が残されています。

八大聖地の一つであるスラヴァスティの祇園精舎で花を捧げる巡礼者

スラヴァスティ(八大聖地)
地図:H

舎衛城(しゃえいじょう)とも呼ばれ、当時コーサラ王国の首都があった場所です。仏陀はこの土地を気に入り、この地の王に対して敷地に金貨を敷き詰め土地を譲ってもらったと言われています。後に、祗園精舎となりました。その他、コーサラ王国の都の跡である舎衛城跡が見どころです。


金箔が貼られた祇園精舎

祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)
地図:H

仏陀が人生に中で最も長く滞在された場所の一つです。24年にわたり、雨季の季節はこの地で説法をされました。仏陀に帰依した富豪のスダッタは、この場所を所有するジャータ太子に対して土地分の金貨を敷き始め、それを見て驚いたジャータ太子はスダッタに譲渡しました。

丘の上に建ち景色の良い舎衛城跡

舎衛城跡
地図:H

紀元前7世紀~5世紀に栄えたコーサラ王国の中心地でした。繁栄期には仏陀の属していた釈迦族が住む地域まで領土を広げましたが、次第に隣のマガダ王国と戦争に敗れ、王朝は絶えました。その城の跡が、祇園精舎の付近に丘の上に廃墟として残されています。

八大聖地の一つサンカーシャに祀られている金箔の仏陀の像

サンカーシャ(八大聖地)
地図:I

僧伽舎と呼ばれ、八大聖地で唯一、伝説に基づいた聖地となっております。仏陀が昇天された3ヶ月後にサンカーシャに降り、母親、マーヤ夫人と出会ったとされています。 ここには仏陀寺院、珍しい象を形をしたアショカ王の柱、そして小さなマーヤ寺院が見どころです。

仏教聖地訪問の参考日程

四大聖地+その他聖地2箇所訪問(6泊7日;デリー発~デリー着

行程【宿泊地】
1デリーより飛行機でバラナシへ移動。到着後、専用車にてサールナート観光へご案内:考古学博物館ダメーク・ストゥーパムールガンダ・クティ寺院各国寺院。夕方、ダシャシュワメード・ガート沿いのアールティ見学。
【バラナシ泊】
2早朝のボートライドへご案内後、バラナシ旧市街見学。火葬場ヴィシュワナート寺院訪問。 その後、ブッダガヤへ向けて移動。
【ブッダガヤ泊】
3ブッダガヤの聖地へご案内:世界遺産マハーボディ寺院前正覚山・留影窟スジャータ村、そして時間があれば世界各国の寺院へ。その後、ラージギルへ移動。
【ラージギル泊】
4早朝、ラージギルの霊鷲山にてご来光。竹林精舎を見学後、ナーランダ大学跡へ。
【パトナ泊】
5クシナガルへ向けて移動。途中、ヴァイシャーリーのレリック・ストゥーパアショカ王の柱を見学後、ケサリヤ・ストゥーパへ。
【クシナガル泊】
6クシナガルの聖地へご案内:ラマバール・ストゥーパマタクアール寺院大涅槃寺を見学。 その後、国境を越え、ネパールの世界遺産ルンビニ聖園へ。マーヤ・デヴィ寺院へご案内。
【ルンビニ泊】
7国境を越え、インドへ。八大聖地巡礼へ継続、もしくはゴーラクプル空港へ移動し、空路でデリーへ。

八大聖地巡礼最後の2箇所を訪問(2泊3日;ルンビニ発~デリー着 )

※上記①の日程に続きます

行程【宿泊地】
7ルンビニのホテルより専用車にて国境を越え、インドのスラヴァスティへ。インドが主張するカピラヴァストゥへ途中寄ります。スラヴァスティ到着後、祇園精舎舎衛城跡へ。
【スラヴァスティ泊】
8サンカーシャへ移動。
【サンカーシャ泊】
9サンカーシャの聖地へご案内:仏陀寺院アショーカ王の柱マーヤ寺院見学。その後、エトワー駅まで移動。特急列車にて、デリーへ移動。

現地のお薦めホテル

バラナシ以外の仏教聖地でのホテルは、老朽化しているホテルが多く、お湯の問題などがあったり、部屋の設備が不十分でご満足に至らない場合があります事があります。参考までに、一部のお薦めホテルをご案内致します。


タージ・ガンジス(バラナシ)
☆☆☆☆

タージ・グループの運営するホテルで、バラナシの老舗デラックスホテルの一つです。お部屋と設備が充実しており、広い庭園に囲まれ、スパやプールもあります。インド料理専門レストラン、「ヴァルーナ」では、ここでしか召し上がれない本格的なバラナシの地元料理がお楽しみ頂けます。特に、ここのターリー(定食)がお薦めです。


ザ・ロイヤル・レジデンシー・ボードガヤ(ブッダガヤ)
☆☆☆

ブッダガヤ市内中心部から約2キロ離れておりますが、セキュリティーがしっかりとした老舗のデラックスホテルです。客室は広く、殆どでバスタブ付きです。


インド法華ホテル(ラージギル);ルンビニ法華ホテル(ルンビニ)
☆☆☆

元々は日本の法華クラブによって建てられたため、珍しい和式スタイルのホテルです。日本の旅館の様な落ち着いたお部屋のデザインで、畳が入った和室もあります。ラージギルには大浴場もあり、ここは日本人の団体客が多く宿泊された場合のみご利用する事ができます。ルンビニでは、本格的な和食もお楽しみ頂けます。現在は両ホテルともインドのインパック社の運営です。


ザ・ロイヤル・レジデンシー・クシナガル(クシナガル)
☆☆☆

インパック社が経営するクシナガルで最も設備の充実したホテルです。お部屋は至ってシンプルですが広々としています。僻地でありながら、アジア人の巡礼者が多いため食事に関してはインドカレー以外もお楽しみ頂けます。

パトナスラヴァスティサンカーシャも似た様な客室やホテルの造りへのご案内となります。

現地の飲食事情

朝食と夕食はホテルにてお召し上がり頂きます。これらの聖地はアジア各地からの巡礼者が多いため、インドカレー以外にも炒飯や麺類等も提供する事が多く、場合によっては味噌汁等の日本食も提供される事もあります。仏教聖地は小さな街にある事が多いですが、ホテルのお食事に困る事は無いです。

昼食はドライブインでお召し上がり頂く事が多く、基本的に簡素でインド料理のみのオプションが多いです。

ブッダガヤ、ラージギル、パトナのあるビハール州は禁酒です。ホテルでは酒は飲めず、また街中では酒屋はありません。

現地のガイド、道路と移動中のトイレ事情

仏教遺跡観光では、デリーからベテランの日本語ガイドがご同行致します。ご希望であれば、仏教の専門知識がある日本語ガイドを手配する事が可能です。

道路事情はビハール州ではあまり整備されていない箇所が多くあり、パトナ周辺のハイウェイを除き移動に時間を要します。お隣ウッタル・プラデーシュ州はインフラ整備に力を入れており、徐々に高速道路が建設されつつありますが仏跡地域は未だにあまり整備されていない道が多々あります。

移動中のトイレに関してましては人口の多い地域であり、必ずドライブインが道沿いにありますのでそちらでトイレを利用する事は可能です。ただし、インドの中でも開発が遅れている地域でもあり、簡素なトイレで清潔では無い場合もあります。

注意事項とお問い合わせ方法

<料金に付きまして>
頻繁的な現地の物価上昇のため料金が変動的である事と、弊社のご旅行はすべてオーダーメイドのため、実際にご希望される時期と日程やルートをお知らせ頂いた上、お見積りをさせて頂きます。

<お問い合わせ方法>
お気軽に ej@h2travels.com までお問い合わせ下さい。その他のお問い合わせ方法はお手数ですが、こちらをご参照下さい(新しいタブに開きます)。

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